な」
と云った。
 スーラーブの全身に、訳の分らない寒気が走った。堅く、冷たい、骨張った十の指に手を掴まれ、死にかかった人間の眼で、それ程きっと見据られ、耳に聞いた言葉を彼は、非常に恐ろしく感じた。容易ならぬこと、しかも、何か恥ずべきことを戒められたという直覚が鋭く心を貫いた。彼は、困惑した眼で祖父を見た。彼は、祖父が心の中でひどく何かを憤ってい、自分の手をそうやって小袋ぐるみ掴んだまま、何処か遠い変な処へ翔んででも行こうとするのではないかと恐れた。

        四

 祖父は、その出来事のあった翌日、この世を去った。生れて始めて人間の葬送の場合に会い、幼いスーラーブは、事々に忘れ難い印象を受けた。
 ふだんあれほどしとやかな内房の女達が、祖父の死を知ると、俄かに狂気したようになって頭に纏う布を引裂きながら、額を床に打ちつけ胸を叩いて号泣した有様、星ばかりの夜の空の下で祖父の屍を荼毘《だび》にした火の色。黒煙を吐きながら赤い焔の舌が、物凄い勢いで風のまにまに雪の面に吹きつけた光景や、今、広場の端迄延びたかと思うと、忽ちどっと崩れて足許に縮む影法師の中を入り乱れ、右往左往した多勢の
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