とは云わぬ。サアンガンの恥になることはせぬ。よく云うことをきけよ」
祖父は、草臥《くたび》れるほど長いことかかって、これだけを云うと、枯れた小枝を継ぎ合せたような手を延して、枕の上を探るようにした。
シャラフシャーがこごんで、何か訊き、頷くのを待って、積んだ枕の下から、羊皮の小さい袋を出した。そして、それを病人の手に渡した。
厳粛な四辺の雰囲気の裡にもスーラーブは、激しい好奇心を、その小袋に対して感じた。祖父は大切そうにそれをあげ、額につけ、スーラーブに向って合図をした。スーラーブは、シャラフシャーに云われるままに、祖父の方に右手を出した。祖父は、ぶるぶる震える手でその小袋を彼の掌に置くとそのまま確かり自分の手で外から握らせ、
「儂の守りを遣る。儂は、父上が死なれる時その臨終の手から貰った。サアンガンの幸運が卿と卿の子孫とに恵まれることを」今迄薄すりと眼を瞑り、唇だけ動かしていた祖父は、この時急に、生きている勢いの全部をその刹那に込めるように、ぱっと双眼を開いた。
そして、スーラーブの、切れの長い、真面目な眼を射抜くように見据えながら、はっきり、
「父のない子を見よ、と云われる
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