人は、急に沢山になった藪のような白髭と白眉毛の間に、弾力のない黄色い皮膚をのぞかせ一言を云おうとする前に、幾度も幾度も、あぶあぶと唇を動かす。唇に色がなく、口を開けると暗い坑のように見えるのが、スーラーブに無気味に感じられた。
 付添っていた家臣が、背に手を当てて、彼を病人の顔に近く、かがませた。スーラーブは、我知らず、自分の顔が、異様な祖父の顔にくっつくのを恐れ、頭を持ち上げた。
 祖父は、なお暫く息を吸ってから、やっと聴こえる声で、
「スーラーブ!」
と、彼の名を呼んだ。弱々しい切なげな声が恐ろしい容貌を忘れて馴れた祖父を思い出させ、スーラーブは、俄に喉がぐっとなるのを覚えた。彼は、熱心に次の言葉を待って息を抑えた。
「儂はもう駄目だ。卿と狩にも行けぬし……」
 祖父は言葉を選んでいるように躊躇し、つづけた。「いろいろ教えてやることも出来ん。シャラフシャーの云うことをきけ。シャラフシャーが、儂の役を引受けた。」スーラーブは自分の傍に立っている家臣を見た。何か不満足な、意に満たない感じが彼の胸に湧いた。けれども物々しいその場の有様が、彼に沈黙を守らせた。
「シャラフシャーは間違ったこ
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