を訴え始めた。そして、脾腹《ひばら》が痛むと云って飲食も不可能になると、間もなく、老人は瀕死の重体になった。
煎薬のにおいや、悪魔払いの薫物の香が、長い病人の臥床につき纏《まと》う、陰気な、重苦しい空気と混って、まだ寒い広間の中に漂っている。スーラーブは、明りの差し込む窓の下で侍者と一緒に、ぼんやり湯の沸くのを待っていた。
天井から吊った懸布の下の床では何か不具の重い虫でも飛ぶような息の音を静寂な四辺に響かせながら病人が家臣の一人と話している。スーラーブは、侘しい退屈な心持で、そのゼーゼーいう音をきき、雪の上をちょいちょい歩く二三羽の鶫《つぐみ》を看ていた。
誰かが後向になった彼の肩に触った。見ると今迄祖父と話していた男が、
「祖父様がお呼びになります」
と、立っている。スーラーブは、その男の顔と、病人の方とを、一寸見較べた。
彼は、進まない心持で歩き出した。病人になってから祖父は、幼い彼に何処となく見違えるこわさを持っている。
三
床の傍まで来ると、スーラーブは、恭しく右手を胸に当てて頭を下げた。そして、張り切った子供の注意で凝っと祖父の顔を見下した。老
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