て来て、再び仕事を取り上げる男達の談笑の声、驢馬が鼻あらしを吹き、身ぶるいをする度に鳴る鈴や、カタカタいう馬具の音などが入り混り、如何にも生活のよろこびを以て聞える。夕暮は、柔かい銀鼠色に、天地が溶けるかと思われる。夜はまた、それにも増して美しい。スーラーブは、近頃、幾晩か、霊気のような夜に浸て更した。
今晩も、歩廊の拱から丁度斜め上に、北極星、大熊星が、キラキラ不思議な天の眼のように瞬いている。月はない。夜の闇は、高く、広く、無限に拡がってうす青い星や黄がかったおびただしい星は、穏密な一種の律をもって互に明滅するようだ。
十七
灯かげのない拱に佇んでいるうちに、スーラーブは、心が星にでも届くように、澄み、確かになって来るのを覚えた。
天から来る微かな光に照されていると、瞳がなれて、一様な闇の裡でも、木の葉の戦ぎまで見えて来るそのように、スーラーブは、混沌とした動揺の中から、次第に、自分の心持、結局の行方をはっきり覚り、考え出した。快い冷気の中に、今夜は特別な魔力が籠っているのか。彼は、今迄自分が苦しみ悩んでいたのは、ただ、とうに解っていたことを、自分の心持だ
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