々人ぎらいになった。宛然《さながら》、傷ついた獣が洞にかくれて傷を舐め癒すように、彼は、自分の心とさし向いになり、何かの道を見出そうとする。
 僅か十六七日の間に、スーラーブの相貌はひどく変った。突つめた老けた、心を労す表情が口元から去らなくなった。憂鬱に近い挙止の間々に時とすると、燻《くす》ぶる焔のように激しい閃きがちらつくことがある。
 宝石売が去ったのは、丁度四月の下旬であった。ツランの天候の一番定まりない時である。朝のうち薔薇色に照って、石畳や柱の縁を清げに耀かす日光は、午すぎると、俄にさっとかげって来る。ざわざわ、ざわざわ、不安に西北風が灌木や樹々の梢を戦がせると見るうちに、空は、一面煤色雲で覆われる。広場で荷つけをしているものなどが、急な天候の変化に愕きあわてる暇もない。凄い稲妻が総毛だった天地に閃いたかと思うと、劇しい霙が、寒く横なぐりに降って来る。
 それも一時で、やや和いだ風に乗り、のこりの雫をふり撒きながら黒雲が彼方の山巓に、軽く小さく去ると、後には、洗いあげたようにすがすがしい夕陽が濡燦めき、小鳥の囀る自然を、ぱっと楽しく照りつける。ぞろぞろと雨やどりの軒下から出
前へ 次へ
全143ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング