けた時に、ああ、到頭今日こそは、と思いました。今日これをつけていたのは……」
ターミナは云いよどみ、何ともいえず趣の深い、仄かな含羞《はにかみ》の色を口辺に浮べた。
「――十九年昔の今日、卿の父上がこの城へ来られたのです」
スーラーブは、厳粛な心持になって問ねた。
「今、その人は、どうしているのです? 生きているのですか、死んでしまったのですか?」
「生きておられるでしょう。生きておられることを祈ります。あれほどの方が、死なれて噂の伝わらない筈はない」
「そんなひとなのですか」
彼は、見えない、偉《おお》きな何ものかが、心に迫って来るのを覚えた。
「――誰です?」
「…………」
「ツランの人ですか?」
「ツラン人ではありません」
「まさか、この領内の者ではあるまい。――」
「イランの人です。卿の父上は……」
ターミナは、大切な守りの神名でも告げるように、恭しく、スーラーブの耳に囁いた。
「卿の父上は、イランのルスタム殿です」
スーラーブは、始めて自分が、天の戦士といわれている英雄の子であることを知った。ルスタムの名を聞いて畏れない者は、人でない。いや、アザンデランの森の獅子は
前へ
次へ
全143ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング