、ルスタムの駒の蹄の音を聞いて、六町先から逃げたとさえいわれている。
 十九年昔、ルスタムは、サアンガン附近で狩をし、野営しているうちに、放牧して置いた愛馬のラクーシュを、サアンガンの山地人に盗まれた。ルスタムは、この城迄その捜索を求めて来た。ターミナは、その時十八歳であった。表の広間は、勇将を迎えて、羯鼓《かっこ》と鐃※[#「金+(祓−示)」、第3水準1−93−6、345−9]《にょうはち》の楽が絶えなかった。内房には、時ならぬ春が来、ターミナは、不思議な運命が与えた恩寵に、花の中での花のように愛らしく、美しく見えた。一箇月後、ルスタムは、再びラクーシュに騎って山を踰《こ》え、イランに還った。スーラーブが生れた時、ターミナと父とは、異常な宝を、嫉妬深い二十年イランと干戈《かんか》を交えているツランの覇者、サアンガンの絶対主権者であるアフラシャブの眼から隠すに必死になった。星のような一人の男児が、誰の血を嗣いでいるか知ったら、アフラシャブは片時も生しては置くまい。また一人の子もないと聞いたルスタムが、自分の懐から幼児を引離すまいものでもない。
 父と娘とは、心を合せ、策を尽して、スーラ
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