ぷりして、刺戟がなくて、たのしめるもの」(東京新聞)として数十万部をうりつくしていると語られている。ある種の人々は、日本の現代文学を植民地化される人民の日常生活のふち飾りと化して、現実の生活では見たこともないのびやかな生活の語られる白昼夢のようなものにしてしまうことをいとっていない。むしろそれに拍車をかけている。けれども、ここに一つ、人間の理性と文学の真実にとって、おもしろい現実がある。それは、ひごろ「細雪」の世界に随喜して、最大限のほめ言葉を惜しまない人々でも、ノーベル賞、世界平和賞のために日本から送られるべき候補作品としてはただ一人も「細雪」を推薦しなかった事実である。炬燵《こたつ》の中の雪見酒めいた文学の風情は、第二次大戦後の人類が、平和をもとめ、生活の安定をもとめてたたかっている苦痛と良心に対して、さすがにあつかましく押し出すにたえ得なかったのであった。
この実例は、ある人々の日ごろの社会的、文学的態度の安易さがばくろされたモメントとして見るよりは、むしろ、現代文学のこの崩壊にかかわらず、やはり文学につながる理性と人間的良心のうちには、くらましきれない責任感がのこされている、
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