れに文学への欲求を起させるのであるし、様々な作品をもつくらせる。成程文学作品が我々の生活に影響する力は非常に大きいが、それは或る一つの文学作品が現実への迫真力の深さによって再び現実の生活を突き動かした場合であって、われわれが日々夜々生き、戦っている現実の複雑した社会生活という土台より切りはなされた文学が、生活を押しすすめる基本的な動力となることはない。
「白道」の作者が文学に対する愛着のあまり自身の生活におけるこの社会的な現実の本末を見誤って、七八年という歳月を文学修業に焦って来たと見るのは、私の浅見であろうか。
「白道」の作者は、殆ど痛々しいくらい、書かなければならぬ、書かなければならぬと、頭の内で叫んでいる。それにもかかわらず、作者としての眼を、どこに据えて作品を書いてゆくかということになると、何か忽々と自信なく爪立って自身の興味ふかい実際生活の彼方の空漠としたところを手探りはじめる観がある。
 自分が現代の日本の恐ろしい窮乏にある農村の、しかも小地主の高等教育をうけた娘であるという事実、そのような娘との交渉においていろいろ家計のやりくりなどと絡んで動く田舎の親戚達の感情、その表現
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング