よい番犬の広告を見たり、犬好きの従弟の話をきいたりすると、それでも種々の空想が湧いた。一匹欲しいと思う。自分が飼ったら、注意深く放任して、決していやにこまちゃくれた芸は仕込むまいと云う私の持論を喋ることもあった。人間が人間らしくないのは辛いように、犬も犬でなくなるのは悲しかろう。私は、下町の心に自然な暢やかさがない者達が、いじらしい程怜悧な犬をつかまえて、ちんちんしろだの、おあずけだの、おまわりだのさせて居るのを見ると、まるで心持がわるい。主人と犬との間にひとりでに生じる感情の疎通で、いつとなく互に要求が解るだけでよい。故意と仕込むのは、植木に盆栽と云う変種を作って悦ぶ人間のわるい小細工としか思われない。世にも胸のわるいのは、欧州婦人がおもちゃにする、小さな、ひよわい、骸骨に手入れの届いた鞣皮を張りつけたような Pocket dog 或は Sleeve dog だ。私は、悠々した、相当大きい、誠実で熱烈なところのある毛の厚い犬を好む。Breed をやかましくは考えない。ありふれた、そして犬らしい犬が欲しいのであった。
ところが今日、思いがけないことが起った。午後三時頃、私は一仕事しま
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