の一廓で、代々夏の夜をなき明したに違いない夥しい馬追いも、もうあの杉の梢をこぼれる露はすえない事になった。
種々の変遷の間、昔の裏の苺畑の話につれ、白と云う名は時々私共の口に上った。
けれども、以来犬と云うものは嘗て飼われなかった。母は性来余り動物好きではなかったし、父は、全然無頓着な方であった。後年、鴨、鳩、鶏がかなり大仕掛けに飼養された前後にも、猫と犬とは、私共の家庭に、一種の侵入者としての関係しか持たなかった。
私は、猫の美と性格のある面白さを認めはするが、好きになれない。子供のうちからこれは変らない傾向の一つである。
猫の、いやに軟い跫音のない動作と、ニャーと小鼻に皺をよせるように赤い口を開いて鳴きよる様子が、陰性で、ぞっとするのである。
飼うのなら犬が慾しいと思ったのは、もう余程以前からのことだ。結婚後、散歩の道づれに困ることを知ってその心持は倍した。然し、貧学者の生活で住む家は小さいから、到底純種の犬を、品よく飼うことなどは出来ない。切角飼うのに犬にも不自由をさせ、此方も苦労を増すのは詰らないと、本郷に居た時は勿論、青山に移ってからも、半ば断念して居た。時々新聞で
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