ア、もう入ってしまった。あああたしのよろこびは一時の夢であった」
こんな様なことは日に幾度となくくり返されることであった。朝の化粧の時など、光君は自分の髪をかく前に人形のかみをかき、自分のべにをつける先に人形の唇にべにさし指できようにつけてやって自分の胸にしっかり抱いて、
「ア、彼の人の唇のべにが私の胸にうつった、貴女はこんなに音なしく私の云うことをきいて化粧までさして下さる」
そんな事を云いながら髪を梳いて居る若い女の手を取って、
「マア、何と云う美くしい手だろう、この手を私はもうもらってしまった」
こまかくふるえて居る女の手をしっかりにぎって自分の頬にあてたり眺めて見たりするのを女はさからおうともしないでなすままにされて居る。紅は、この美くしくて物狂おしい人を思って居る、光君が紫の君を思って居た位、けれ共主従の関係をふかく頭にきざみ込まれた女は胸のさけそうな苦しさをしのんでかお色にもそぶりにもあらわさないで紫の君との恋の成功するようにとかげながら思って力をそえて居た。恋に敗れた光君は気が狂ってしまった。女は悲しみながらも自分一手でこの美くしい人の世話の出来るのをよろこび、又自
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