、左様なら、若しお前に心があるならそう云って御呉れ、『私は彼の人のうつり香のする部屋で死にたいけれ共それはどうせゆるして下さるまい。私はこの貴女の残して行った衣を貴女と思って抱いて死ぬ、せめての心やりに』とね。そう云って居たと云って御呉れ、さらば――とこしえに」
若者の姿は障子のそとにきえて机の前の女君の衣もなかった。
(十一)[#「(十一)」は縦中横]
随分歩いた、随分久しい間歩きつづけた。それでもまだ光君の部屋へはつかない。それに路は大変ひどくて急な坂や、深い淵がある。光君は急な流の水に女君の衣の裾をぬらすまいとし、多く出た木の枝では美くしい衣にほころびを作らない様にして歩いた。大変つかれてもう歩くことが出来ない程に思われた、下は大変にかたい岩であるけれども我慢が出来なくてその岩の上に腰を下ろした。大変につめたいのでビックリするといっしょに光君の心は夢からさめた様にハッキリした、妙だと思ってあたりを見ると深い山でも恐ろしい川辺でもない、自分は西の対の廊に腰を下ろして居る。女君の衣を持って居たのも幻かと見れば夜の中に卯の花の衣は香って居る、これは幻ではなかった
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