ずれの音がきこえたりかるいさざめきがもれたりして居た。白い手はかすかにふるえながら障子に掛った、細目にソーと引いて中をのぞくと美くしい几帳が沢山立ててあってそのわきから美くしい色の衣の端がチラチラとのぞいて居る。光君の心は浦島子が玉手箱を開ける時の様に震えた、彼の衣のどれが彼の人だろう、とすぐに入ってその人のかおを見たい様にも思ったけれ共中はまだ燈火もつかず、人のかおもハッキリ見える明るさである。小胆の光君は思い切って中に身を入れる事は出来なかった。せめて燈火の灯ってからとソーと障子をたてて誰か自分を見ようとして居なかったかとかるい恐を持ちながらその前の階から葉桜のしげる庭へ下りた。夕暮のしめった色は木の葉の間々庭草の間々からわいて種々の思いを持った人の身のまわりを包む、光君は頭を深くたれていかにも考えあまった様にだんだん冷たく暗くなりまさる庭を歩きまわった。いろいろの思はしずかな空気と結び合ってわき出る様に歌になった。その美くしい立派な歌は惜し気もなく光君の口からもれて桜の梢に消えて行く、沢山の歌が空に飛んだ時対いの屋にポッと一つ生絹の障子をぼかして燈火がついた。光君の眼は嬉しさにか
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