い様になった弟君は、
「どうぞあの人の部屋につれて行ってお呉れ、只あの人の部屋に行った丈で満足するのだから」
と云われたが乳母はどうしたものかと考え込んで一寸には返事をしないで居ると、
「それもいやなのか、御前は思ったよりたよりにならない人だった。私はけっして彼の人を苦しめる様なことはしない、私はあの人を死ぬほど思ってるんじゃないか」
乳母はまだだまって居る。
「お前はまだだまって居るのカエ。私は自分の命のもう長くない事を知って居る、思い出にどうせ死ぬ命ならと望んで居るのにそれさえお前は許して呉れないのか、私は自分の生の母よりも御前をたよりにして居るのに」
光君の目には涙が出て唇はかすかにふるえて居る。
「私はあの方の乳母に対してあの御方の部屋に御つれ申すことは出来ませんが、道導べに柱に赤い糸を結びつけて置きますからそれをたよって御出になれる様にいたして置きましょう」
乳母はようやっと答えた。
「それでは夕方から行こう」
弟君は嬉しそうに目を輝して居る。フックリと形よく肥えていつもさくら色した頬や、若々しく輝く両の瞳が生れつき形の好いかお立ちをたすけてその美くしさは若々しい力の
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