云うのをきいて急に里心のついた光君はその翌日すぐ車を仕たててあわてた様に山の手の家に帰って仕舞われた。一時に美くしい二人の主を失った家は元の様にあけても暮れても戸は占められて留守の老夫婦がその大きな家の主であった。

        (十)[#「(十)」は縦中横]

 山の手の家に帰った光君は気抜けのした様にだまって人に顔を見られるのをいとって居た。たびたび西の対の母君のところから見舞の手紙が来ても見たきりで三度に一度ほか返事はしなかった。紅や乳母以外の人には一言も身の淋しさや悲しさを云わなかった。時々女達には、
「彼の人はどうして居るのだろう、私は心配で仕ようがない」
などと云う位のものであったので女達はもうきっと御あきらめになったのだろう位に云い合って居たけれども中々それどころのさわぎではなかった。光君はどうせ沢山の人に云ったところで自分の満足する様になぐさめて呉れるではなし又それについて身分相当に力をつくして呉れると云うのでもないから甲斐のない事だと思って居られるので、胸ははりさける様になっても乳母だけにほか心の中は打ち合ける事をしなかった。思いに思い考えに考え抜いて我慢の出来な
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