)」の注記]もう一度もうわごとを云う様なことはなかったけれ共悲しさはますますひどくなりまさって行く許りであった、かくして居ようと思った乳母も、心配で心配でたまらなくなったのでとうとう山の手の家に知らせた。母君などはもうとっくに紫の君はなびいて居て帰ったらすぐ御婚礼の式が出来るのだろうと思って居たので驚き様は一通りのものではなかった。その日の内に返事が来た、それは何はともあれ早速こっちの家につれて来る様にと云うのであった。乳母は早速男君にかえる様にとすすめた。光君はだまって頭を横に振って居た。乳母は幾度も幾度も口をすくしてすすめると、
「私はどんなことがあってもこの家は動かない。私は死ぬ時にはあそこの此の上なく悲しくこの上なくなさけない思出をのこした椽に臥れて死ぬのだ、私は早くその時の来ることをねがって居る」
これだけ云ったきりあと幾度すすめても幾度さとしても同じであった。乳母はしかたなしにそのことを山の手の家に云ってやった。母君は「それでは気の向いた時に帰る様に」と云って来たので少し安心して光君が自分から帰ろうと云い出す日を待って居た。その月も末になった頃、女君が山の手の家に帰ったと
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