。うわごとを云って熱の高かった日は三日だけであった。四日目に熱はうそのように下って夢からさめた様に青ざめてつかれはてたように乳母によりながら、
「何と云う因果な事だろう、私はあの人に、『心から貴方につれなくする』とまで云われても、私はあの人の事が忘られない。お願だ、どうぞ忘れさせて御呉れ、あの気高い姿とあのかがやく様な顔を」
と云って三つ子の様に乳母の肩にかおをうずめて泣いて居る。乳母はもう胸が一杯になって何と云ってよいやらわけがわからず只その背をさすって、
「お察し申します、お察し申します。私ももう死んでしまいそうに悲しゅうございます」
と一所になって泣いて居る。
「何故私は忘られないのだろう、彼の人はなぜするどい剣で私を殺して呉れないのだろう、何故殺して呉れないのだろう。誰もなぐさめても呉れず、只一人で泣いて悶えて苦しんでそうしてたった一人で死んで行くのが私の運命なんだ」
 ひからびた様になった年とった乳母の肩をしっかり抱いて泣いて、身をふるわせて悲しい思をうったえて居る光君の哀れな様子に女達は居たたまれなくなって顔をおさえながら出て行ってしまった。その□[#「□」に「(一字分空白
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