だ、いやはや恐ろしいことだ、桑原桑原」
と云って居るのが部屋が浅いので光君の耳まできこえた。持って来た手紙はいつもの様にいや味たっぷりなものであった。光君はそれをポイとわきになげて再び見ようとは一寸も思われなかった。この間の夕にあの美くしい女君の口から、
「心から」
と云う言葉をきいてから光君は悲しみのあまり驚きのあまり、この頃は魂のぬけた様に何を考えて云おうとしても思は満ち満ちて居ながら順序を立てて言葉に云うことは出来ないほどになってしまった、それで居て、
「心から」
と云った其の声と姿の忘られないのをどんなに若君は悲しがったろう。七日、十日と立つと気の狂う許りにたかぶった神経も段々しずまると一所に前よりもはげしい悲しみが光君をおそって来た。明けても暮れても光君の耳には、「心から心から」とささやかれて居た。或時女達に向ってきいた。
「つらいこの上なく辛い思いをして生きて居るのと死んで仕舞うのとどっちが好いだろう」
女達はお互に顔を見合せながら、
「私は最後に少しでも望みがあれば生きて居りますが、それでなくては死んでしまいます」
と答えた女が多かった。
「誰でもそうだネー、私が今急に
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