だん衰えて行く若君の様子を心配しないものとては家の中に庭の立木位のものであった。
「どう遊ばしたのでしょう又御悪いのか知ら」
「よく伺ってお祈りをしてもらうかお薬を差し上げるかしなくては大変な事になるかも知れませんヨ」
などと云う不安心な言葉はよるとさわると女達の口からもれた、乳母は日に何度となく、
「どうぞおっしゃって下さいませ、私の命にかえてもと思って居る君様がこんなでいらっしゃっては――少しは私の苦労や悲しみをお察し下さいませ」
と涙を流して拝む様にしてたずねても只、
「何ともない、時候の変り目で着衣もうすくなったし、又私のいつもの夏やせだから心配しないで御呉れ」
と云う許りで日許り立って行った。山の手の家から時々来る使はいつも必ず母君と常盤の君の手紙を持って来るのであった。三日目の今日来た男は例の手紙を取り次の女に渡しながら、
「お前さんはここに居る事だから知りなさるまいがこの頃常盤の君はお腹の工合が変でネ、そのこんど生れる嬰児《ヤヤサマ》をおっつけられると困るのであの御兄弟もこのごろはいたちの道切りと云うわけなので、おっつける人を今から一生懸命にあさっておいでになると云うこと
前へ
次へ
全109ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング