貴女の心から、どうぞどうぞ貴女のその口から死ねと云って下さい、死ねと……云って下さい。私のこの真心はあなたの心の中に皆悪い形に変ってうつって居た、もう二度と貴女に会いますまい、けれ共死んでも貴女を忘れませんよ、死んでも忘れませんよ、それだけは覚えて居て下さい。おお、氷の様な美しさの方、忘られない方、紫の君」
 光君のかおは死んだ様に青ざめて息ははずみ声はうわずってあらぬかたを見つめ、もえる様な言葉はふるえる唇からもれる。だまって毛を一つゆるがせなかった女君はソーと立ち上った。一足一足段々遠くなるけれ共、若君はまだよそを見つめて居る。女君の姿はも少しで物かげにかくれようとしたその時急に夢からさめた様に、しなやかにうなだれて行く女君の後姿を見て居たが両手でしっかり胸を抱いて、
「おお、あの姿――」
 つっぷしてかたまった様になった男君の姿は、淋しい潮なりと夕暮のつめたい色につつまれながらいつまでもそこを動かなかった。

        (九)[#「(九)」は縦中横]

 その後一日二日と立つにつれて光君の頬のやつれは目立って来た。前の様に苦情も云わず悲しいことも云わないでだまったままでだん
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