、若者の心を察してでもなかった。女君の心はこんなことを云われる自分はどこかたりないところがあるからだと云う思でみちみちて居た。涙は口惜しい意味の涙であった。
「涙! 誰への涙何が悲しくって。
 貴女は私が貴女の二親のないので馬鹿にした恋を仕掛けて居ると思って居らっしゃるんではないの、そうじゃあないの。私の此の命にかえてまでの恋は貴女にはそんなに思われているのか知ら、そんなにまで下らないものに思われて居るのか知ら、それほどまで」
 男君の頬には涙が流れた。
「私はもう何も云いますまい、けれどどうぞこれだけは返事をして下さい。貴女の私にこんなにつれなくするのは御自分の心からなの、それとも人に教えられて、どうぞ教えて下さい」
 女君はだまって居る。
「何故返事して下さらない、貴女の心から、それとも」
 女君の唇はまだ動かない。
「貴女の心から、それとも教えられて」
 若君の心はふるえにふるえおののきにおののいて居る。
「心から」
 低いながらもハッキリした声は人形の様な女君の口からもれた。男君の顔の筋肉は一時は非常にきんちょうしそして又ゆるんだ、と同時に、
「貴女の心から心から、貴女の、おお
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