いにならないのエ」
女君は恐れる様に身をふるわせて居る。
「そんなに貴女は私を恐れてそんなにいやがっていらっしゃるの、私はマア――そんな人間になったのだろうか。私は、それだのに、それだのに私はどうしても貴女のことが忘られない、心をこめた錦木も童のおもちゃにされるほどだのに」
「…………」
「何とも云って下さらない、どうぞ何とか云って下さい、『馬鹿者』とでも『おろか物』とでも。私は気が狂いそうだ、私の心はどうしても貴女に通じない、サ、どうぞ何とか云って下さい」
若君の声ははずんで絶々に女君の耳にささやかれる。女君のかおは青ざめてふるえもいつか止まって小鬢の毛一本もゆれて居ない。口は封じられた様にかたくとざされて人形の様になった女君に、気のぼうとなって体の熱さばかりのまして行く男君は尚熱心に云う。
「貴女は知って居らっしゃるでしょう、恋しい人の門に立てる錦木の千束にあまっても女の心が動かない時には男はいつでも苦しい悲しい思をのがれるためにまだ末長い命をちぢめると云うことを。私の立てた錦木はもう千束にとうにあまって居ます、それだのに貴女は、貴女は」
女君の目からは涙が流れた。恐れてでも
前へ
次へ
全109ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング