居るし女達もだまって居たのでしずかにして居る女君には一寸もわからなかったのである。
二日目の夕方、女君は縁側に出てしずかな夕暮の空気の中に灰色によせては返して居る波音をいかにもおごそかな心持を以てきいて居られた。段々波の底まで引き込まれる様な重い気分になって早く他界した二親の事から、この頃の事などを思い合わせて段々迫って来る夜の色の様に女房の心には悲しみが迫って来た。ジーッと海を見つめて居ると目にうつる万のものがくもって来た、冷たいものが頬を流れた。女君はたえられない様にうつぷせになってしまわれた。傍の木かげで男君が見て居様などとは夢にも思わなかった姫ははばかる人もなく心のままに悲しむことの出来るのを悲しい中にもよろこんで居られた。まだ木の香の新らしい縁に柳の五重を着て長い美くしい髪をふるわせながら橘の香の中につかって居らっしゃる女君の姿は絵よりも尚多[#「多」に「(ママ)」の注記]いものであった。始はつつましく声を立てなかった紫の君も心の中にあまる悲しみは口の外に細い細いすすりなきの声となってもれた。わきに見て居る男君はたえられなくなってかくれて居るのも忘れて、
「オオ美くしい、ま
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