私はお前にだまされるとは思わなかった」
と云ってジッと顔を見つめて居るので乳母はウッカリ口をきいてはとだまって頭を下げて居たがやがて思いだしたように、
「分りました。年をとったのでついどう忘れをしてしまって。私が来る時にくれぐれもたのんで彼の方の乳母はどんなにもしてよこす様にするからとうけ合ったのでございますからもう二三日したら行らっしゃるに違いありませんですから」
と云うので、
「それなら好いけれ共どうぞ私の心も少しは察してお呉れ。こんなたよりない心をどうせ察しは出来まいけれ共」
などとそれからは乳母を相手にいろいろな悲しい事を云って沈みきって居た。夜になっても寝られなかった光君は当直の女の中で一番若い京の人の母親をもって居てこっちで生れた紅と云う女を呼んで自分はあかりの方に背を向けて真白に人形の様に美くしい女のかおをしげしげと見ながら、
「ネーお前どうぞ私のきくことに返事をしてお呉れナ」
とやさしい声で云われると女はうつむいて少し頬を赤くしながら、
「私に分りますことなら」と云う。光君は、
「それではきく、どうぞ正直に教えてお呉れ、思い上った心強い女を恋して自分のものにしようとつと
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