のを忘れていつまでも居ると、そんな様なかん単の調子で暮して居たけれ共そこに住む人の心はそんなかんたんなものではなかった。一目見た時に、
「マア何と云う淋しい所だろう。私はこんなところに一日も居られないだろう」
と云って居られた光君が一日立つと誰よりも此の家が好きになって女達を集めては、
「アノマアまっさおにはてしなく続いて居る海を御覧、何と云う大きな美くしさだろう。それから此の真白い銀の様な砂を御覧、その間に光って居る赤い貝や青い石をアアほんとうに私はその美くしい貝や石をつないで彼の人の体いっぱいにかざって上げたい。彼の人が早く来れば好い」
などと何かにつけて紫の君の事を云い暮して居た。一日立っても二日立っても女君は来ないのでイライラした光君はわきに居る乳母にいきなり、
「返事は何と云って来た」
と云うと何の事やら分らないでマゴマゴしながら、
「返事、何の返事でございます。お文でもお上げになったのでございますか、私は一向存じませんが」
と云うと斜に座って居た光君はクルリと向きなおってけわしいかおをして、
「私はもう今すぐここを出て山の家に行って仕舞うから好い、すぐ仕度をたのんでおくれ。
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