受けた。海辺の家についた時はもうすっかり日が落ちて居た。

        (七)[#「(七)」は縦中横]

 今まで見たこともない様な大きな波の朝夕寄せたり引いたりして居る海辺のわびしい住居に昨日落ついた許りの光君やその他のものは世の中が変った様な別世界に来た様な気持で居る。歌と絵にほか見もしききもしなかった藻塩やく煙も朝夕軒の先に棚引いて居ては歌によむほどなつかしいものでもなかったし毎日藻塩木をひろいに来る海士の女も絵のように脛の白い黒い髪のしなやかな風をしたものは一人もなかった。ここの生活は空想と現実の差をしみじみと人々に思わせるのであった。
 さっぱりと美くしく出来ては居てもまだ木の香も新らしくてなつかしい部屋の主のうつり香もなく見覚をつける様にして家の中も歩いて居る位なので若い女達や小さい童などは夜になると各々の部屋に引き込んで呼ばれなければ出ない様にして居た。光君は目の前に海の見える浅い部屋で暮して居た。前栽は自然のままをとったので大きな苔のむした岩や磯馴の面白い形をした松などが入れられて引水も塩水を引き込んであるので泉水の中には水の流れにつり込まれて赤い小さい魚などが出る
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