好い事と云ったら、どんなに美くしい方達が乗っていらっしゃるんだろう」
などと話し合って居る。しずかな足音に交ってかるいやさしい調子の話声がきこえたりゆれる毎に美くしい香を送って来ることなどは京に出たがって居る若い女の心をそそるに十分であった。
 供の男がならんで歩いて居る男に、
「ホラ御覧、あの柳のかげに居る女を、今一寸見た時は一寸悪くないと思ったが女の人達の車が通った時衣のはじをのぞいた顔を見たらうんざりしてしまった」
「それは御愁しょうさまなことで、よくねて居る時と、ねばつくものをたべて居る時と自分より背の高い人の背越しに物を見て居る時のかおの好い女はほんとうに好い女だと私の長年の経験ではそう思って間違いはない」
などと下らない事を云って強いて笑って居るような声をきくにつけても自分のまわりにはそんな事を云うことほかしらないもの許りになったのだと急に淋しさが身にしみて来たけれ共景色の好い風情のある住居に気の合った人達許りで住んで紫の君も自分のものとなって朝夕あのかがやく様な美くしい顔を見て彼の人の衣のうつり香に自分の身まで香わして居る時はマアどんなに楽しい事だろう。そんな時には却って
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