どと云うことばは車のそばに来て見送りをして居る女達の口から出たことである。女達は衣の裾が汚れるのも忘れて立って居る。
「ここに居てなまじ悲しい思いをするよりは」
などと袖で顔を覆うて挨拶もしないでかけ込んでしまう人達もあった。旅をしなれない女達は彼の世にでも行くように思って歌をやったりとったり笑ったり泣いたりして居る。車簾の中からそのそわそわした様子を見て居た光君は自分の事でないように落ついた心持であの家に行ってからの楽しさを思って居た。
「さあもういいでしょう。夜中まで歩かなくてはならない様になると上様の御体にさわりますから」
と徒歩で行く男達は口先では急ぎ立てては居るが自分達許りの都を只の一月でも半年でもはなれると云うのが悲しいようであんまり大きな声は出せなかった。
 車の動き出したのは日の高く上った時である。
 一番先に徒歩の男、まん中に光君の車、車簾の間から美くしい五衣を蝶のまうように見せた女達の車、衣裳道具をのせた車はそのあとから美くしいしずかな行列であった。路の両かわに立って見て居た里の女達は女達の乗って居る車を見て、
「マア、何と云う御美くしい事だろう。マア、あの衣の色の
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