ごい事は云わないでお呉れ。どうせ死ぬ命ならせめてあの人の居る家で死にたいのだから。私はどんなにそれをのぞんで居るだろう」
と云って目を閉じて涙を流して居るので、
「じょうだんにもそんな事をおっしゃってはいけません。どうぞ貴方の御身御案じ申し上げて居る多数の家の人のためにとお思になっていらっしゃって下さいませ、キット私はあとから彼の方もすすめてあちらの家にあげる様にいたしますから」
と二日も四日もかかってすすめたので、
「それではキットそうしてお呉れ私は行きたくもないところへそれ許りをたのしみにして行くのだ。若し約束が違えば目を開いて二度お前の顔を見ることはないだろう。じょうだんだと思ってきいてお呉れでない」
とさんざん物悲しい事をならべたあげくとうとう行くことに返事されたのでにわかに一所に行く供人をえらんだり何かかにか用意するのに一週間許りは夢のように立っていよいよその日になった。美くしく化粧した光君の姿が車の中に入った時あとにのこる女達は急になさけない気持に、
「お大切に遊ばす様に」
「あんまり御歎きにならない様に」
「ここに残って御身の上を御案じ申しあげて居るものを御忘れなく」

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