とつれない紫の君の上を思って自分がその人だったらなどと思う女もないではなかった。送られた女君はそれを一目細い目を開いて見ただけで童のおもちゃにと何にも知らない小供の手にゆずられるのであった。
(六)[#「(六)」は縦中横]
長い間うつらうつらとして寝て許り居た光君は熱の高い時などにはききとれないような声で、
「紫の君、紫の君」
とうわごとを云うほどなので女達はみんな、
「何の因果のこんなうきめを見るのだろう」
とその声のきこえる毎にうつむいて額髪をぬらして居た。乳母などはその声をきくと一所にふるえた声で、
「何と云う方だろう、何と云う方だろう」
と云って西の対をにらんで居た。熱はなかなか下らないでうわごと許り云って居るので母君は心配して、
「この里の東の海辺の家は大変景色がよいそうだから
そこへ行くようにすすめてお呉れ」
と云ってよこしたので乳母は、
「『この里の東の海辺の家は大変よい景色だそうだから行って見たら』と西の対から云っておよこしになりましたから行って御覧になりませんか」
と云ってすすめると光君は青ざめて凄いまで美くしさのました顔を上げて、
「そんなむ
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