でだまってきいて居た女君は眉の間に決心の色をひらめかせながら、
「御前は私に心にもない事を筆の先だけで云えと教えるの、御両親は私にそんな事を教えるようにと御前をつけておおきになったのだろうか」
 いつにないするどい調子なので乳母はまごつきながらわびる様な声で、
「どうぞ御怒り遊ばないで下さいまし、自分の先が短いので息のある中に御身もきめてしまいたし私どもあんまり心配なのでつい申し上げたのでございますから。そんなに立派な御心とこんなにお美くしい御姿とを御二人に御見せ申す手だてがあったら」
と泣き伏してしまったので紫の君も、
「そんな悲しい事は云わないでお呉れ、私はたよりない身なのだからも少し立ったら、黒い着物でも着ようと思って居るんだから」
と泣きながらも取り乱した風のないのを乳母は又「何と云うけなげな方だろう」と思った。女君は額髪をぬらしたまま被衣をかけて身じろぎもしないでいらっしゃるので乳母は今更のように悪い事をしたと思ってそっと几帳の間から中をのぞいてはホッと吐息をついて居た。日暮方、明障子を細めに小さい手がのぞいてパタリとかるくたおれたもの音にそれと察した。女達は美くしい錦木の主
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