かに人の噂をして居るのがハッキリ聞える。
「この間の宴の時に弟君の下に居た方をお知りかえ、何と云う妙な方だったろう」常盤の君の声である。
「誰だって気がついて居りましたでしょう」
「中びらな御かおで」
「お歯がらんぐいで」
「出目で」
「毛がおうすくて」
「お色がくろくて」
と別々な声で云って崩れる様に笑って居る。此の間の晩の事を思い浮べて又今の話をきいて身ぶるいの出るほどいやな心持になった光君はそこをはなれてしずかに更けて行く庭の夜景色を欄干によって見て居られたがさとくなった耳にフト何とも云われなく美くしい琴の音がひびいて来た。かすかにごくかすかに夜の空気の中をふるえてつたわって来るその音。――白金の矢の様に光君の心をいた。光君の足は自《おのず》と動く。耳をすまして体は少し前かがみ、足をつまさき立ててかるくはかどる。一足――一足、一足毎に近づく音はますますさえる。魂は飛んでもぬけのから、もぬけのからのその体を無形のものは益々誘う。飛んだ魂は、夜闇の中に、音に添うてはパッとはなれ、はなれてはまた添い、共にもつれてクルクルクル見えないところで舞の振事、魂がその音か、その音が魂か、音に巻か
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