りおこりの起ったように立った光君は、
「御免下さい」
と云ったまんまその怒と、はずかしさと悲しさの三つの思の乱れにふるえながら東の対にかえってしまった。くらい灯のかげに坐った光君は、
「まるで獣のような女だ! だれがたのまれたってあんな女を、
 人を馬鹿にして居る、私は自分の胸の中に保って居る彼の美くしい貴い人まで馬鹿にされたような気がする」
などとげきして居たが心がしずまるとともに、今日の行っても紫の君のこなかったこと又いくら文をやっても錦木をたてても何のかえしさえして呉れない美くしい人のことを思ってかぐわしい香の香にひたりながらふるえるようなさみしさとかなしさに涙をながして居た。くらい灯にそむいて白い頬になみだをながして居る光君の姿は常にもまして美くしいあわれなもので有った。
[#ここから3字下げ]
かゝる夜をなく虫あらば情なき 君も見さめて物思やせん
かなしみのはてに□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]しみおぼろげの 死てふ言葉にほゝ笑みぬ我
[#ここで字下げ終わり]
 こんなことを小声に云いながらたえられないように自分の胸をしっかりとだいて香の煙の消えて行く方に心をうばわ
前へ 次へ
全109ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング