ながら、
「マア殿さまハ、何を仰せあそばすかと思えば、私なんかはもうもうお山のおくのおく、山猿といっしょに産湯をつかったのでございますもの」
 割合にはっきりした言葉で返事をする。
「するとその可愛らしい声も山猿の御伝授をうけたと云わるるわけだな。さだめし月のある谷川で叫ばれただろうし日のてる木の枝でもなかれただろうな」
 又前と同じ調子で有る。
「さようでございますとも仰のとおりに暮しましたので色はこの通りまっくろかおはこのようにみにくうなったのでございます。もうごめんあそばして」
 女は口がるにこんなことを云って几帳のかげに行ってからおされるように笑って居る。光君はそれどころのさわぎではない。つきとばされたような心持でじっと自分の着物のあやを見て居られる。はしゃぎきった兄君は光君の背をポンと一つ叩いて、
「どうなすった? この御人形のような御方、今の女は可愛い声と姿をしながら貴方には悪いしらせをしましたね、御きのどくな」
「でも死んだわけでもなしハハハハハ、マア、御あきらめあそばせ」
 なぐさめるように、また馬鹿にするように云う。
 光君はだまったまま只頭をふって居る。かおはまっか
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