エ、どうぞ私にかくしたことをそう沢山持たないようにしてこの老[#「老」に「(ママ)」の注記]とった私に心配させないで下さい」
と書いてあった。光君は、あんな枯木のようになった、血もなんにも流れていないような母君にどうして私の思って居る事を私の満足するようにすることが出来るはずがないと思いながらそのつやのない墨色を見て居ると、
「御返事をなさらないんでございますか、何とか申し上げましょうか」
ときいて居るのに、
「有難うってネ、云ってお上げ」
と云ったきりでまただまりかえって居たけれ共夜が更けると一緒に段々目がさえてこまったと云って当直の女をあつめていろいろな世間ばなしをさせたり物語りの本をよませてなど居たけれ共中々ねむられそうにもなかった。
 いろいろのはなしの末に一番まだ年若なつみのない女が、
「この頃ネー、西の対の紫の君さまのところへ」
と云い出したのを一人の女がおさえつけて、
「ほんとうに紫の君は珍らしい御方でございますことネー」
と云い消そうとして云ったのを光君はすぐきいてしまったのでだまって衣のはじをひっぱって居た手をとめて、
「もう皆に知られてしまったからかくすのはやめにし
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