します。もう何とも裁判長は音が立たないのです。高岡只一が凡そ四時間に亙って陳述した間、裁判長はただ数度小さい言葉尻をとらえて、それで威厳でも示そうとするようにこけ脅しめいた文句を云いましたが、誰も問題にしていない。威厳は裁判長にはないのです。党員たちの態度の方に威厳があると感じました。共産党の公判は公開ではあるが、勤労大衆に便利な日曜日には開廷されません。勤めがすんでから傍聴へ職場から動員されるように夜公判がひらかれることもありません。新聞では、こんどの帝国主義戦争がはじまってから、公判記事をまるでのせない日さえあるように狡く立ちまわっています。党員たちの闘争力と大衆の力で、形ばかりの公開公判をやっていてもブルジョア政府は、たじたじの姿を見せたくないから、公判廷の小さいこと! きっと大勢押しよせれば入れ切れないというのを口実につかうでしょう。
 私は、始めのこわいものみたさのような心持はなくなり、逆に、なぜわたし達のような働く婦人まで共産党というとおっかないもののように思わされていたかという訳がまざまざわかったように思いました。共産党がこわいのは、私たちにとってではないのです、搾取して
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