ん、いつお産です? なかなかこれで二階をお貸しなさるのもお世話ですねえ」
 そう云われた時、せきは自分の耳を信じられなかった。
「え?」
「あの様子じゃいずれ近々お目出度でしょうねえ。――でも西洋人の赤坊、キューピーさんみたいで可愛いそうだから、おばさん却ってお慰みかもしれませんよ」
 せきは、自分の迂闊《うかつ》さに呆れて、そこそこに湯をきり上げて来た。間借人に対してはいつもあれ程要心深い自分がどうしてそれに目をつけなかっただろう。日本服さえ着ていたら、どんなに隠したって見破ってやれたのに! せきは、異人の女のあの大きな白い体と、異人臭さ、手を洗わない事等を思うと、お産が、人間並みのお産で済まなそうに厭わしかった。しかも、自分の頭の上で――フッ! フッ! それこそ七里《しちり》けっぱい。七里けっぱい。
 ――けれども、せきの困るのはここであった。どうして体よく追い払おう。せきは、始めて言葉の通じない不便を痛感した。日本語でなら、うまく気を損ねないように何とでも云う法がある。男の異人の眼の碧さ、あの通り碧い眼をして、ひよめきをヒクヒクさせるだろう赤児を思うと、せきは異様な恐怖さえ感じる
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