の悪い曖昧な笑いを浮べてちらりと妻の方を見た。マリーナが忽ちそれを捕えた。
「え? 何ですって? ステパン・ステパノヴィッチ、古いキャベジがいるからお茶が不味《まず》かったんですって?」
「まるで反対です、美しい夫人がたとこの幸福な御家庭に祝福あれと云ったのです。然し、神はこの頃の流行でないから小さい声で云わなければなりません」
ステパン・ステパノヴィッチは暫くもずもずしていたが、軈てジェルテルスキーを引っぱって台所へ入って行った。
「何だろう、え? 何だろう」
立って覗きそうにするマリーナを、ダーリヤは苦々しげに止めた。
「あとで、リョーニャが話してくれますよ」
障子の彼方側の板の間で、石油鑵に足をぶつけながら、ひどく恐縮してステパンが上衣の内|衣嚢《かくし》から一通の手紙を大事そうにとり出した。彼は、ジェルテルスキーの耳に口をつけて囁《ささや》いた。
「――実に恐縮です、実に厚かましい願いですが、今朝この手紙を受けとったまま悲しいことに読めません。貴下にすがって一つ読んでいただくわけには行きますまいか」
ジェルテルスキーは、意外な秘密に引きこまれる苦笑を洩しながら手を出した
前へ
次へ
全41ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング