絶えずけちな情事ばかり追い廻していると云うので、皆の物笑いになっている独り者の男であった。羅紗を売るのを口実にして、よその細君のところへ入り込むことも有名だ。マリーナ・イワーノヴナは、彼がどんな女にでも惚れるのを馬鹿にしながら、憎んでいないのは明らかであった。彼女の浮々した毒舌に黙って微笑しつつ、ダーリヤは、新しく来た客のために茶を注ぎ、寝台の上へ引込んだ。彼女は、自分の前で跪《ひざまず》いたり上靴へ接吻したりした男に、部屋着姿を見られるのを工合わるく感じたのだ。
「ねえ、ステパン・ステパノヴィッチ、この頃、どなたか、私共の仲間の奥さんにお会いでしたか」
「一昨日、マダム・ブーキンにお目にかかりました――いつも美しい方だ――実に若やかな夫人です」
 マリーナは肱で、ダーリヤの横腹を突いた。
「あの方は一遍、活動写真に映されてから、御自分の美しさに急に気がつきなすったんですよ」
 一つの角砂糖を噛んでステパン・ステパノヴィッチは三杯の茶を干した。
「ああ結構でした」
 彼は、ジェルテルスキーに向って頭を下げながら何か小さい声で云った。するとジェルテルスキーは、例の手つきで髪をかき上げ、間
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