、然し、何と鬱陶《うっとう》しいことか! ジェルテルスキーは、故国にいる間絶えず種々な頭字を肩書に持つ友人に煩らわされた。外国へ来ると、その土地によって、長かったり、短かったり、兎に角何等かの肩書ある知友を得ない訳には行かないのだ。
 ダーリヤが、ビスケットの皿や砂糖を卓子に出すのを眺めながら、ジェルテルスキーは、
「今日、松崎さんが来たよ」
と云った。
「へえ――」
「うるさいこと!」
 マリーナ・イワーノヴナが、大仰に顔を顰め、両手をひろげた。
「もう私がこちらにいることでも嗅ぎつけたんですよ」

        六

 三人は茶を飲み始めた。
「リョーニャ、明日お休み?」
「ああ」
「二週間ぶりね」
 マリーナは黙って砂糖をかきまぜ、その匙《さじ》を受け皿の端へのせ、悠くり一杯飲み干した。彼女は、自分が決して他の多くの者のように匙をコップにさしたままなど飲まないのが自慢なのであった。ジェルテルスキーは、窓枠にのせて置いた黒鞄から、露字新聞を出して、マリーナに与えた。
「ああどうも有難う。――この頃の新聞は電報みたいですね、略字で端から端まで一杯だ」
 マリーナは、それを拡げた。ダ
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