。利かないもんかな、などと云う言葉を理解した。小心なジェルテルスキーはその場合、一番彼に近くいる位置の関係から云っても、何とか一言親しみある言葉を与えたかった。然し、彼には適当な日本語が見つからない。――つまり彼も黙って、タイプライターを打ち始めた。
「最近地方図書館は著しき発達を遂げた。現在に於て地方図書館の数は六千五百を数えられている」
外の往来をトラックが通るひどい音がし、ブルルル新聞社の建物全体が震動した。一人が思い出したように立って、室の隅の水道栓のところで含漱《うがい》を始めた。社長は次の室へ去った。――
階子口のところへ、給仕娘の顔が出た。
「ジェルテルスキーさん、御面会ですよ」
「だれです?」
「御婦人の方がお二人で下に待っていらっしゃいます」
ジェルテルスキーは長い椅子からたちながら、金髪をかき上げ、水のような碧《あお》い眼を訝《いぶか》しげに動かした。柱時計は二時十五分を示している。ジェルテルスキーは、靴をはいた足の長さの三分の一は確にあまる浅い階子《はしご》段を注意深く下りて行った。
「来ます?」
「ええ直ぐいらっしゃいます」
腰をかがめてその声の方を覗き
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