権威を持ち得なかった時代の無智、無反省、無責任の遺物が潜んでいると思うのである。
 丁度胎内の盲腸のように平常はまるで自覚を伴わない、どうでもよいように、考えてなければ有るか無いかも知らずに過ごすようなものかも知れない。けれども、いざと云う時に、命を危くする丈のものではある。人として、自分の生活内容をあらゆる方面に伸展させて行こうとする願望と一緒に、同じ心の中から、この歩幅を縮めさせ、左顧右眄《さこうべん》させて、終《つい》に或る処まで、見越をつけさせて仕舞うような何かの動機があるのである。

          四

 今日の女性は、事実に於て、その二様の力に引っ張られていると思う。ここに或る一人の女性を仮定しよう。先ず彼女は、若々しい希望に満ちた大望から、自分のよしと思う運命の方向に自分を拡大しようと決心して、人生の中に足を踏み入れる。種々雑多な苦痛や喜悦や、恍惚が、彼女の囲りを取囲むだろう。その中に、何か一つの重大な問題に面接しなければならない事に成ったとする。勿論彼女は驚く、疑う、解決を得ようとするだろう、大切な事は、この時彼女が終始自分を失わず、行くべき方向を遠望して、自らの
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