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ああ、劇しい嵐。よい暴風《あらし》。雨
春と冬との変りめ
生暖い二月の天地を濡し吹きまくる颱風。
戸外に雨は車軸をながし
海から荒れ狂う風は鳴れど
私《わたくし》の小さい六畳の中は
そよりともせず。
温室の窓のように
若々しく汗をかいた硝子戸の此方には
ほのかに満開の薫香をちらすナーシサス
耳ざわりな人声は途絶え
きおい高まったわが心と
たくましい大自然の息ぶきばかりが
丸き我肉体の内外を包むのだ。
ああ よき暴風雨
穢れなき動乱。
雨よ
豊かに降り濺いで
長い日でりに乾いた土壤を潤せ。
嵐よ
仮借なく吹き捲って
徒らな瑣事と饒舌に曇った私の頭脳を冷せ。
春三月 発芽を待つ草木と
二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私《わたくし》とは
双手を開き
空を仰いで
意味ある天の養液を
四肢 心身に 普く浴びようとするのだ。
二月十六日
(大暴風雨の日)
春の日影 Feb. 23rd.
巨大な砂時計の
玻璃の漏斗から
刻々をきざむ微かな砂粒が落るにつれ
我工房の縁の辺ゆるやかに
春の日かげが廻って来る。
さ
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