海辺小曲(一九二三年二月――)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)私《わたくし》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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海辺の五時
夕暮が 静かに迫る海辺の 五時
白木の 質素な窓わくが
室内に燦く電燈と
かわたれの銀色に隈どられて
不思議にも繊細な直線に見える。
黝みそめた若松の梢に
ひそやかな濤のとどろきが通いもしよう。
午後五時
いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方
部屋を借りる私の窓辺には
錯綜する夜と昼との影の裡に
伊太利亜焼の花壺
タランテラを打つ古代女神模様の上に
伝説のナーシサスは
純白の花弁を西風にそよがせ
ほのかに わが幻想を誘う。
新らしい私の部屋
新らしい六畳の小部屋
わたしの部屋
正面には
清らかな硝子の出窓をこえて初春の陽に揺れる
松の梢や、小さな鑓飾りをつけた赤屋根の斜面が見える。
左手には、一間の廊下。
朝日をうけ、軽らかな息を吸いつつ
此処に立って髪を結ぶ私
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