さやかな紙の障子は
ゆるがぬ日に
耀き渡り
マジョリカの小壺に差した三月の花
    白いナーシサス、薄藤色の桜草は
やや疲れ
仄かに花脈をうき立たせ乍らも
心を蕩す優しさで薫りを撒く。

此深い白昼の沈黙と
溢れる光明《ひかり》の裡に座して
私《わたくし》、未熟なる一人の artist は何を描こう。
空想は重く、思惟は萎えて
ただ 只管《ひたすら》のアンティシペーションが
内へ 内へ
肉芽を養う胚乳の溶解のように
融け入るのだ。

  L、F、H

子供らしい真剣で
白紙の上に
私は貴方の名と
自分の名とを書きました。
細い桃色鉛筆で
奇怪な分数を約すように
同じ文字を消して行く
RとR、UとU、KとKと。
残った綴字はいくつあるか
L、F、H、LFH……
ああ 私はH、H! 何と云う暗合
内心に深く沈み込んだ私の批難が
此処に現れ出ようとは。
貴方に対する無言の厭悪が
稚いこの遊戯の面に現れ出るとは!
L、F、H、LFH、
数えなおし、私は笑を失った。
かりそめのたわむれとは云え
何と云うことか。
私は 笑を失った。



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
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