のパイプを噛む。やがて持ち前の重い口調で云った。
「時が来れば、わかるだろう。――まるでの案山子《かかし》でもなさそうじゃないか――」
 ルイザは、赤い更紗のカーテンで半分かくされているフランツの臥床を眺めた。
「――俺の大祖父はやっぱりあのちびのように黒い眼をしていたっけが――死ぬ時分には村の書記で、名も憶えられる者になった」
 ルイザは、黙って疑わしそうにちらりとハンスの顔を見る。二人はそのまま黙り込んだ。四辺が余り森として、夜の空気の中にフランツの寝返り打つ気勢さえしないと、ルイザは突然訳のわからない不安に掴まれた。彼女は遽しく、而も跫音を忍ばせて、カーテンの傍によった。そして、そおっとフランツの寝顔を覗き込んで、また自分の腰掛けに戻る。一寸気がつかない間に、何処へかいなくなってでもいはしまいかという烈しい意味のない懼《おそ》れが、ルイザを焼くような思いで腰掛から追い立てるのであった。
 不思議な心配、ルイザの絶え間ないぼんやりした恐れの間に、フランツは段々成長した。

 フランツは、小学を終る前の年、堅信礼を受けた。
 その年の万聖節の夜の彌撒《ミサ》は、ルイザにとって、婚礼の
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