に、何か云いかけている耳なれない声をききつけると、ルイザは、
「フランツ! フランツ!」
と、息子を呼んだ。
 フランツは馳けて来る。
 ルイザは、彼の顔や体を仔細に見まわし、何処にも別状ないのを見極めて、裏に連れ出した。
「さあいい子は暫くこっちへ来てお遊び。ガーガーが、フランツ来い来いと呼んでるだろう」
 裏は空地で、余りよく耕されていない礫まじりの甘藍や蕪《かぶ》の畑、粗末な板囲いの家畜小屋があった。小屋の中には五匹の親子づれの黒い粗毛の豚がいた。三羽の鵞鳥は、フランツの前を走って逃げながら、喧しい声で鳴き立てた。フランツは、乾草熊手に跨って黒い捲毛をふり立ててその後を追い廻す。
 ルイザは、よく夫のハンスに云った。
「お前さんはどう思いなさるか知らないが、私はあのフランツは苦労の種ですよ。あんな小さいうちっから、あんな人に気をつけられる児というものを見たことはありゃあしない。それも、何で見られるのか判れば私だって気が楽だけど」
 夫婦が、店に続く奥の小部屋で木の卓上に向い合い、こんな話をする時分、フランツは、彼の藁床でもうぐっすり寝ついていた。
 ハンスは、黙って、長いこと陶器
前へ 次へ
全23ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング