宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)伊太利亜《イタリア》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)言葉|寡《すくな》く
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 ルイザは、天気にも、教父にも、または夫のハンスに対しても、ちっとも苦情を云うべきことのないのは知っていた。
 自分達位の身分の者で、村の誰があんな行届いた洗礼式を、息子に受けさせてやったろう。四月の第二日曜のその朝、天気は申し分のない麗らかさであった。暖い溶けるような日の色といい、爽やかな浮立つような微風といい。彼女は、ハンスと婚礼した時からの思い通り、由緒ある伊太利亜《イタリア》レースの肩掛にフランツを包んで、教会に行った。
 ハンスは気張って、きまりの献金のほかに、打紐で飾った二本の大蝋燭と見事な花束とを聖壇に捧げた。
 教父は至極懇ろであった。
 丁寧にフランツの頭に聖水を灌《そそ》ぎ「主の忠実なる僕、ハンス・ゲオルグ・ヨーストの一家に恵深き幸運を授け給え」と、祈祷書にない文句さえ、足して称えてくれたのではあるけれども、ルイザは、教会からの帰り、見晴しのよいだらだら坂を、滅入った心持で下
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